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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)217号 判決 1997年2月12日

原告

山本幸子

右訴訟代理人弁護士

石崎和彦

山本英司

羽倉佐知子

鶴見祐策

被告

東京上野税務署長

友原征夫

右指定代理人

前澤功

外四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が平成四年三月一三日付けでした原告の平成二年分所得税の更正のうち総所得金額二六九万三〇〇〇円、税額二〇万八七〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、東京都台東区上野二丁目一〇番四号所在の池之端会館地下一階において料理飲食業(スナック)を営む個人事業者であるが、平成二年分(以下「係争年分」という。)の所得税につき、総所得金額を二六九万三〇〇〇円、税額を二〇万八七〇〇円(予定納税額控除後の納付すべき税額五万二九〇〇円)として、法定の期限内に青色申告書によらないで確定申告をした。

2  被告は、平成四年三月一三日、原告に対し、係争年分の所得税につき、総所得金額を六二六万〇四二三円、税額を八三万〇八〇〇円(予定納税額控除後の納付すべき税額六七万五〇〇〇円)とする更正(以下「本件更正」という。)をするとともに、六万八〇〇〇円の過少申告加算税を賦課する決定(以下「本件決定」という。)をした(以下、本件更正及び本件決定を併せて「本件各処分」という。)。

3  原告は、本件各処分を不服として、平成四年五月一二日、被告に対し異議申立てをしたが、同年七月六日付けで棄却されたため、同年八月三日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、これも平成五年四月二八日付けで棄却された。

4  しかし、本件更正には、原告の所得金額を過大に認定するなどの違法があり、本件更正を前提とする本件決定も違法であるから、原告は、本件各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認めるが、同4は争う。

三  抗弁

本件更正は、原告の係争年分の事業所得の金額を推計して行われたものであるところ、以下に述べるとおり、本件においては、推計による課税が必要であり、推計の方法も合理的であって、本件各処分は適法である。

1  推計の必要性

(一) 被告は、原告から提出された昭和六三年分ないし平成二年分の確定申告書の所得金額の計算欄に営業所得の金額が記載されているだけで、収入金額及び必要経費の各欄には何ら記載がなく、収支内訳書の添付もなかったため、所得金額を計算するための収支内容が不明であったことから、原告の申告所得金額が適正であるかどうかについて調査の必要があると判断し、被告所部係官の内田浩(以下「内田係官」という。)に対し、その調査(以下「本件調査」という。)を命じた。

(二) 内田係官は、平成三年七月二九日午後三時一〇分ころ、原告の居住するマンション(肩書住所地)に赴き、原告に対し、昭和六三年分ないし平成二年分の申告所得金額が正しいかどうかの確認のために伺った旨を告げて、調査への協力を要請したところ、原告が多忙を理由に当日の調査に応じなかったため、内田係官は、簡単に事業概況を聴取しただけで、同年八月一二日に再度同所で調査を行うことを約して、午後三時二〇分ころ辞去した。その後、原告の申し出により、八月一二日の調査の場所が池之端会館にある原告の店舗に変更された。

(三) 内田係官は、平成三年八月一二日午後一時ころ、原告の店舗を訪れたところ、原告が調査理由を尋ねたので、前回と同様、申告所得金額が正しいかどうかの確認のためである旨を告げた上、原告の事業概況を聴取し、次いで昭和六三年分ないし平成二年分に係る帳簿書類の提示を原告に求めた。これに対し、原告は、「今日は人と会うので二時三〇分までにしてほしい。」、「民商から書類は貸すな、収支内訳書等は出さなくていい、と言われている。」と申し立てたものの、内田係官の求めに応じ、まず平成二年分から見てほしい旨述べ、平成二年分の売上伝票、売上帳、現金出納帳、売掛台帳、ボトル台帳及び税金計算書を提示した。そこで、内田係官は、右各書類を検討したところ、現金出納帳には現金残高の記載がなく、他の帳簿書類の記載内容との関連性をさらに検討しなければならないと判断したが、人と会うとの原告の事情を考慮して、同日午後二時三〇分ころその場を辞去した。

(四) その後、内田係官は、平成三年八月一九日、同月二六日及び同年九月二日の三回にわたり、原告の店舗において、前記帳簿書類の記載内容を検討したところ、売上伝票の金額と売上帳記載の金額とが一致しない日があること、税金計算書記載の金額から算出される所得金額と確定申告書記載の所得金額とが相違することが認められた。また、内田係官は、同年九月一〇日、原告から酒類の仕入れに係る請求書の提示を受け、酒類の仕入数量と売上伝票から把握した酒類の売上数量を比較したところ、その数量に開差が認められた。内田係官は、同年一〇月一四日午後一時ころ、原告の店舗において、原告に対し、右開差について指摘し、説明を求めたが、原告からは明確な説明がなかった。

(五) 内田係官は、後東正和統括国税調査官(以下「後東統括官」という。)の指示により、原告の預金等資産の増減状況及び生活費等について調査をした結果、原告の昭和六三年分ないし平成二年分の各確定申告書記載の所得金額が右調査額に比べていずれも過少であることが認められた。そこで、内田係官及び後東統括官は、原告に対し、平成三年一二月三日から平成四年三月九日までの間、七回にわたり東京上野税務署へ来署を求め、調査結果及び問題点について説明するなどしたが、原告はこれに納得せず、右各年分の確定申告書記載の事業所得の金額が正当であるとする具体的な説明もしなかった。

(六) 以上が本件調査の経緯であるが、結局、①原告から提示された現金出納帳には現金残高及び生活費の出入金の記載がなく、現金管理を右出納帳により行っていたとは認められないこと、②売上伝票の金額と売上帳記載の金額とが一致しない日があること、③酒類の仕入数量と売上数量とに開差があることの解明ができないこと、④税金計算書記載の金額から算出される所得金額が確定申告書記載の所得金額と異なることの原因が解明できないこと、⑤資産負債調査により算出される所得金額が原告の申告所得金額を大きく上回ることからすると、原告の提示した帳簿書類等は信憑性がなく、それらに基づいて原告の係争年分の事業所得を実額で算定することが不可能であり、被告は、推計により原告の事業所得を算定せざるを得なかったものである。

2  推計の合理性

(一) 酒類の仕入金額

原告は、有限会社槇島商店から酒類を仕入れていたところ、係争年分における酒類の仕入金額は、二二三万七〇一七円である。

(二) 平均酒類仕入率及び平均所得率の算出方法

(1) 被告は、右(一)の原告の酒類の仕入金額を基礎とし、原告と事業規模が類似する飲食業(スナック)を営む個人事業者(以下「比準同業者」という。)の係争年分の売上金額に対する酒類の仕入金額の割合の平均値(以下「平均酒類仕入率」という。)及び売上金額に占める特前所得金額(青色申告者のみに認められている各種の特典を控除する前の所得金額で、売上金額から売上原価及びそれ以外の必要経費を控除した金額。なお、青色事業専従者給与の支給のある者については、当該給与の額も経費に含めた。)の割合の平均値(以下「平均所得率」という。)を用いて推計を行った(以下「本件推計」という。)。

(2) 被告が本件推計に用いた比準同業者は、東京上野税務署に所得税の確定申告書を提出している飲食業(スナック)を営む個人事業者であって、次の条件を充たす者である。

ア 年を通じてスナックを営む事業所得者

イ 所得税の申告を青色申告によっている者のうち、事業所を東京都台東区上野二丁目一番ないし一二番又は東京都文京区湯島三丁目四一番ないし四六番に有する者

ウ 係争年分の酒類仕入金額が原告のそれの二分の一以上二倍以下の範囲内である者

エ 店舗を賃借している者

オ 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者

カ 課税処分に対する不服申立て又は訴訟が係属中でない者

(3) 比準同業者として抽出された者は九名であり、それら比準同業者各人の売上金額、酒類の仕入金額、酒類仕入率、所得金額、所得率は、別表1のとおりであったから、係争年分の平均酒類仕入率は7.30パーセント、平均所得率は二一パーセントとなる。

(三) 推計による所得金額

右(一)の酒類の仕入金額二二三万七〇一七円を右(二)の平均酒類仕入率7.03パーセントで除した原告の係争年分の売上金額は三一八二万一〇一〇円であり、その売上金額に右(二)の平均所得率二一パーセントを乗じて算出された原告の係争年分の事業所得の金額は六六八万二四一二円である。

3  本件更正の適法性

原告の係争年分の総所得金額は、右2(三)のとおり、六六八万二四一二円であり、原告の所得税額は、右総所得金額から所得控除額六〇万五八〇〇円(原告の確定申告書記載の金額と同額)を控除した課税総所得金額六〇七万六〇〇〇円(国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数切捨て)に所定の税率を乗じて算出される九二万二八〇〇円(予定納税額一五万五八〇〇円を控除した納付すべき税額は七六万七〇〇〇円)となるところ、本件更正に係る原告の総所得金額、所得税額は、右各金額の範囲内であるから、本件更正は、適法である。

4  本件決定の適法性

本件決定は、本件更正により新たに納付すべき所得税額六二万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て)を基礎として、国税通則法六五条の規定に従い適法に算出した過少申告加算税を賦課したものであるから、適法である。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)の事実のうち、原告が提出した昭和六三年分ないし平成二年分の確定申告書の所得金額の計算欄に営業所得の金額だけが記載され、収入金額及び必要経費の各欄に記載がなく、収支内訳書が添付されていなかったことは認めるが、その余は知らない。

(二)  同1(二)の事実のうち、内田係官が平成三年七月二九日午後三時ころ原告居住のマンションを訪れたこと、原告が内田係官に事業概況について述べたこと、内田係官が同日午後三時二〇分ころ辞去したことは認めるが、その余は否認する。

(三)  同1(三)の事実のうち、原告が「今日は……二時三〇分までにしてほしい。」、「民商から……と言われている。」と申し立てたこと、現金出納帳に現金残高の記載がないこと、内田係官が原告の事情を考慮して午後二時三〇分ころ辞去したことは、いずれも否認し、内田係官の判断内容は不知、その余の事実は認める。

平成三年八月一二日の調査において、原告が仕事の準備があるから調査は午後四時までにしてほしい旨述べると、内田係官は、午後五時まで調査に応じないと調査非協力と判断する旨告げるなど、同係官の態度は、挑戦的かつ威迫的であった。また、原告は、右調査の際、被告主張の書類のほかに、預金通帳、酒屋の請求書、経費の領収書綴りなど調査に必要と思われる書類はすべて提示していたが、内田係官は、同日午後四時までの間、税金計算書、売上伝票を調べ、ボトルの本数をメモしただけであった。

(四)  同1(四)の事実のうち、内田係官が原告の帳簿書類の記載内容を検討したこと、原告が内田係官の指摘に対し明確な説明をしなかったことは否認し、その余の事実は認める。

内田係官は、原告が提示した書類のうち税金計算書、金銭出納帳、売上帳、売上伝票、預金通帳及び酒屋の請求書を調査したのみで、他の書類は見ることさえせず、しかも、ひたすらメモとコピー取りを行うだけで、それらの書類の記載内容を検討していたということはなかった。

また、内田係官は、九月二日の調査の際、①売上伝票の金額と売上帳記載の金額とが一致しない日があることについて、九月一〇日及び一〇月一四日の調査の際、②酒類の仕入数量と売上数量との間に開差があることについて、それぞれ原告に質問したことがあるだけで、それ以上に帳簿等の記載内容に関する指摘、疑問の提示はなく、③税金計算書の金額と申告所得金額の不一致についても全く質問がなかった。原告は、内田係官の右質問について、①は、つけの入金があるためであり、②は、ボトルのストックが常時二〇本位あるし、時にはサービスとして無料でボトルを提供することもあるためであると説明したが、納得を得られなかった。なお、③の申告所得金額が税金計算書の金額より多くなっているのは、所得が著しく変動すると税務署の調査が行われると聞いていたので、所得金額を上乗せして例年どおりの申告をしたことによるものである。

(五)  同1(五)の事実のうち、平成三年一二月三日から平成四年三月九日までの間に七回にわたって原告が東京上野税務署に赴き調査がされたことは認め、後東統括官らが調査結果等について説明したが、原告が納得しなかったこと、原告が申告所得金額が正当であるとする具体的な説明をしなかったことは否認し、その余の事実は知らない。

右七回の調査において後東統括官らが指摘したのは、ボトルの仕入数量と売上数量の開差の問題、申告所得金額と預金額の増加との関係、現金出納帳に残高及び生活費に関する記載がないという問題であり、原告はそれらの問題について誠実に説明を繰り返したが、後東統括官らは、一方的に、資産増減法による推計に基づく修正申告を原告に強要したものである。

(六)  同1(六)は争う。

2  抗弁2ないし4は争う。

五  原告の主張

1  違法な調査

本件調査に当たった内田係官は、もともと納税者を威迫・恫喝するなど人権を顧みない異常な調査方法を常とする調査官であったところ、本件においても、当初から原告に申告漏れがあるとの予断をもって、原告が提示した帳簿書類を十分に調査しあるいは原告の説明に耳を傾けようとせず、また、原告が協力する態度を示しているのに安易に反面調査をし、さらには、原告に対し何ら根拠も示さずに資産増減法による推計に基づいて算定した所得金額を元に修正申告を強要したものであり、後東統括官も、内田係官の右調査結果を追認し、あるいはこれに指示するなどしているのであって、本件調査は、その方法において社会的相当性を欠く違法なものであるから、右違法な調査に基づく本件更正も違法というべきである。

2  推計の必要性の不存在

(一) 原告は、調査段階において、所得金額を算定するに必要な帳簿書類等をすべて提示し、調査に誠実に協力したのであり、被告は、右帳簿書類等について十分検討すれば、実額により原告の所得金額を把握することが可能であったのであるから、被告が本件推計により原告の所得金額を算定したのは、推計の必要性の要件を欠くというべきである。

(二) なお、被告が推計の必要性の根拠として主張する点については、①現金出納帳には収入と支出が記載されていれば十分であるし、また、右出納帳は専ら事業用に記帳しており、原告の生活費は除かれているものであって、記載方法として不合理な点はないこと、②売上伝票の金額と売上帳記載の金額とが一致しない日がある(一年間のうちには多少の記帳間違いがあるのが通常である。)としても、それが全体に占める割合は微々たるものであり、帳簿や伝票全体の信用性を否認し得ることにならないこと、③スナックという業態からすると、酒類をサービスとして無料で提供する場合もあり、そもそも酒類の仕入量と売上数量が一致しないことが通常であること、④税金計算書の金額と申告所得金額との不一致は、原告の帳簿類自体の信用性を疑わせる根拠となり得ないこと、⑤預金額が真に増加していることを示す資料が提出されていないことからすると、いずれも本件推計の必要性の根拠となるものではないというべきである。

3  推計の不合理性

(一) 推計が合理的であるといえるためには、実額に近い蓋然性が最も高い唯一の推計方法によるものと認められる場合でなければならないところ、本件においては、売上金額や必要経費を算定するのに十分な資料が存在していたのであるから、仮にその記録に若干の不備等があったとしても、その部分に限って推計をして補えば足りるのであって、右資料を度外視して同業者比率を用いてされた本件推計は、合理性を欠くというべきである。

(二) スナックにおいては、店によって扱う主要な酒の種類が異なり、その種類ごとに利幅に違いがあること、酒類以外の飲食物も提供することなどから、酒類の仕入金額から売上金額を推計することは乱暴であり、推計の方法として合理性がない。

(三) スナックの収益は、店の雰囲気や顧客に対するサービスのあり方によって全面的に左右されるものであるし、店構えから立地条件、顧客の階層、価格、内部の造作・設備、従業員の人数・年齢、掛売の可否、提供する飲食物の内容などに関する種々の要素によっても変わってくるものであるから、売上金額に単純に平均所得率を乗じて所得金額を算出する方法は、推計の方法として合理性を欠くというべきである。殊に、スナック業界においては、人件費、家賃、減価償却費、貸倒金などの特別経費の個別性を無視することはできないから、その点の配慮なしに平均所得率をもって所得金額を推計するのは不合理である。

(四) 被告は、本件推計の前提として九名の比準同業者を抽出しているが、それらの業者が実在するかどうかさえ明らかにされていない上、仮に実在するとしても、スナック業においては、前記のような営業状況等に関する要素によって営業成績が左右されるものであり、これらの要素が具体的に明らかにされない限り、比準同業者の抽出が合理的であるかどうかを検討することができず、本件推計の合理性は担保されていない。

また、原告の店舗は、文京区湯島三丁目に隣接する位置にあり、通達の抽出基準においても「台東区上野二丁目一番ないし一二番又は文京区湯島三丁目四一番ないし四六番」に事業所を有する者と条件が付されているのに、被告が抽出した比準同業者は、東京上野税務署に申告をしている者に限られたため、結果的に文京区湯島三丁目に事業所を有する業者が除外されているし、もともと税務署ではスナックという業種の分類はなく、比準同業者を抽出する前提となるべき業種が正確に把握されていないことから、原告と同種のスナックが抽出されているかどうかも不明であるし、被告からの照会に対してスナックと回答するかどうかは、その回答をする業者に委されていたのであって、本件における比準同業者の抽出作業は杜撰であり、この点でも、本件推計は合理性を欠くというべきである。

4  所得の実額

原告の係争年分の事業所得の金額は、別表2の①欄記載の売上金額から②欄記載の売上原価及び③欄記載のその他の必要経費を控除した二六一万四六一四円であり、それらの内訳は、次の(一)ないし(三)のとおりである。

(一) 売上金額

原告のスナック営業による売上金額は、別表3記載のとおりであり、その合計は二八七〇万二二五五円である。

(二) 売上原価

原告の売上原価は、別表4記載の酒類の仕入金額、同5Ⅰ記載の食料品の仕入金額、同5Ⅱ記載の氷の仕入金額の合計三四八万九一八六円である。

(三) その他の必要経費

(1) 特別経費

従業員に対する給与は別表6Ⅰに、減価償却費は同Ⅱに、貸倒金は同Ⅲに、家賃・共益費は同Ⅳに、それぞれ記載したとおりであり、その合計は一七六五万〇六五〇円である。

(2) 一般経費

一般経費のうち、水道光熱費については別表6Ⅳに、その余の費用(交通費、家賃等送金手数料及び美容院代を除く)については別表7の1ないし12にそれぞれ記載したとおりであり、一般経費の合計は四九四万七八〇五円である。

六  原告の主張に対する被告の認否及び反論

(認否)

1 原告の主張1ないし3は争う。

2 同4のうち、売上金額、売上原価、特別経費、一般経費の各金額は不知、事業所得の金額は争う。

(反論)

1 実額反証は、実額が本来有している優位性の故に推計の適法性を覆すものであるから、被告の推計額を下回る実額の所得金額を主張立証する場合においては、その主張を上回る売上げがなく、売上原価及びその他の必要経費がその主張を下回るものでないことが、合理的な疑いを入れない程度に主張立証されなければならないというべきである。したがって、原則として、正規の簿記の原則に従って作成された法定の会計帳簿ないしそれに準じる帳簿類による立証が必要であり、これが存在しない場合には、原始記録のすべてが取引に接着して作られ、かつ、完全に保存されているとともに、右原始記録の保存等が法定の会計帳簿と同程度に信用できる状態にあることが証明されなければならない。

2 本件においては、原告提出の証拠に、次のとおり、種々の疑問点を指摘することができ、原告の所得の実額の主張は失当である(以下、この項においては、平成二年の年号を省略し、月日のみでいう。)。

(一) 売上金額について

原告が提出した売上伝票、売上帳などの資料には、①原告の売上伝票の使用状況等からすると、少なくとも二月二二日から一〇月二三日までの間の八〇枚の売上伝票が提出されていない可能性があること、②原告の記帳方法等からすると、同じ日の売上伝票の一部だけが紛失したとして提出されていないのは不自然であり、売上伝票がすべて提出されていない疑いがあること、③売上帳における現金欄の記載が抹消されているものがあり、それらの売上げが除外された可能性が高いこと、④売上伝票の記載からみて、売上の計上漏れが窺われるものがあること、⑤現金出納帳につき、原告の陳述書等によって誤記等とされる部分を訂正して残高を計算すると、係争年分の営業日数二四九日のうち九六日間について現金残高がマイナスとなり、いかにも不自然であって、現金売上げの計上漏れを窺わせることなどの疑問点があり、それらの帳簿書類等によっては、原告の売上金額をすべて把握することはできないというべきである。

(二) 売上原価について

原告は、食料品関係等の購入に関し、四月九日付けのサミット千駄木店のレシート分について、現金出納帳にわざわざ同月七日付けに訂正した上「八日チャーム分」と記載し、他方、同月八日付けの同店のレシート分については、同月一二日の分と併せて現金出納帳の四月一二日欄に記載するなど、不自然な記帳をしていること、午前中及び午後の早い時刻に原告の自宅に近い千駄木付近の店のレシートがあり、仕入れを担当していた店のチーフがわざわざ店から遠い原告の自宅近くまで仕入れに行くのは不自然であること、原告提出の領収書の中には、日付ないし年度の記入のないもの、上様宛てのもの、宛名のないものがあって、係争年分の経費といえるかどうか不明のものが多数あることなどに照らすと、原告が自己の家事費を事業用の経費に混入させていることは明らかである。

(三) 特別経費について

(1) 給料について

出勤簿の記載には、出勤時刻と帰宅時刻が毎日同一であったり、曜日を取り違えたり、休業日に出勤したことになっているものがあるなど、不自然・不信な点が多く、このような信憑性のない出勤簿は、経費の認定の資料とすることができないというべきである。

また、給与支払明細書についても、支払の事実自体が疑われるもののほか、月に二、三日しか働かない者に多額の給料を支払っているもの、明細書に対応する現金出納帳への記載のないもの、出勤簿と労働日数が合致しないものなどがある上、原告が納付した源泉徴収税額とも合致しておらず、信用できないといわざるを得ず、原告は、給料の支払について架空計上をしている可能性が極めて高いといわなければならない。

(2) 貸倒金について

原告が主張する五件の貸倒金については、飛島建設株式会社の社員に係る係争年分の売掛金以外に、売掛金発生の根拠となる売上伝票がなく、売掛金の存在自体が疑わしい上、各売掛先の資産状況や支払能力が不明であり、また、売掛帳の記載や回収できなくなったとする経緯等からしても、いずれも係争年分の貸倒金とは認め難い。

(四) 一般経費について

原告本人の毎日のタクシー代、美容院代については、領収書等が全くなく、また、接待交際費の中には、二重計上のもの、営業日以外のもの、領収書の裏付けのないものがあるほか、他の一般経費にも、支出内容の不明なものがあって、原告主張の金額の全額を事業上の支出とすることには疑問が残る。

(五) 右のとおり、原告の実額主張は、真実の所得とするには合理的な疑問があるから、失当というべきである。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

第二  本件更正の適法性について

一  本件調査の経緯について

1  まず、本件調査の経緯について検討するに、抗弁1(一)ないし(五)の事実のうち当事者間に争いのない事実と、成立に争いのない甲第三三号証、乙第一〇号証の一ないし五、原本の存在と成立に争いのない乙第五号証、証人後東正和の証言により成立の真正(乙第四号証については原本の存在も含む。)を認める乙第四号証、第九号証の一ないし六、第一一号証の一、二、第一二号証の一ないし八、証人後東正和の証言、原告本人尋問の結果(第一回)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 原告は、昭和六一年八月ころから、上野二丁目の飲食業が多数存在する繁華街にある店舗を賃借してスナックを営業していたが、被告所部の後東統括官は、原告の昭和六三年分、平成元年分及び平成二年分の申告所得金額がいずれも二〇〇万円台であり、常識的にみて少ないと考えられたこと、確定申告書には、営業所得の金額が記載されているだけで、収支内訳書の添付もされておらず、売上金額、仕入金額、必要経費等の額が不明であったことから、原告の申告所得金額が適正であるかどうかについて調査の必要があると判断し、内田係官に対し、本件調査を命じた。

(二) 内田係官は、本件調査のため、平成三年七月二九日午後三時ころ、事前の連絡なしに原告の自宅マンションに赴き、原告に対し、身分証明書を示した上、昭和六三年分ないし平成二年分の原告の所得金額に関する調査に伺った旨を告げ、原告から、従業員数は五名(男性一名、女性四名)であり、現金出納帳等の記帳をしているといった程度の事業概況を聴取したが、当日は、原告が開店五周年を迎え、準備で忙しいとのことであったため、調査は後日にすることとし、午後三時二〇分ころ辞去した。

(三) 次回の調査は、平成三年八月一二日午後一時から原告の店舗で行うこととなり、内田係官は、午後一時ちょうどに、原告の店舗に赴いたところ、原告が調査理由を尋ねたので、前回と同様に、所得金額の調査であり、原告の申告所得金額が適正かどうかの確認のためである旨を告げたところ、原告からそれ以上の質問はなかった。内田係官は、原告に対し帳簿書類等の提示を求めたところ、原告は、平成二年分のものから見てほしい旨申し述べた上、係争年分の売上伝票、売上帳、現金出納帳、売掛帳、ボトル台帳、預金通帳及び税金計算書などを提示した(原告は、当日の内田係官の態度は挑戦的でかつ威迫的であったと主張し、その本人尋問(第一回)において、非常に怖い思いをした旨右主張にそう供述をしているが、原告の供述によると、怖い思いをしたやりとりの後、内田係官から帳簿類を貸してくれと言われたが、これを拒否したというのであり、また、原告は、次回以降の調査にも普通に応じていることなどからすると、原告の右怖い思いをしたとの供述は採用することができず、原告の右主張は失当である。)。

(四) その後、内田係官は、平成三年八月一九日、同月二六日、同年九月二日、同月一〇日及び同年一〇月一四日の五回にわたって原告の店舗に赴き、原告から提示された帳簿書類等を検討し、メモをとったり、ハンディコピーで複写したり、売上伝票の記載やボトルの仕入数と売上数との関係などについて原告に質問したりして、調査を行ったが、その間、特段のトラブルもなく、原告は右調査に協力していた。

(五) 後東統括官は、内田係官から、原告の提示した帳簿書類を調査した結果、現金出納帳には現金残高及び生活費等の出金の記載がなく、売上伝票と売上帳との間で金額が相違する日がある、売上伝票から把握した酒類の本数と酒屋の請求書から把握した酒類の仕入本数に差がある、税金計算書で計算した所得金額と申告所得金額とが相違している(ちなみに、税金計算書に記載された金額から原告の所得金額を算出すると、多く見積もっても一四三万九一八九円にしかならず、原告の自宅マンションの家賃一七八万二七二〇円にも満たない。)との報告を受け、内田係官に対し、原告の預金関係、生活費等を調査し、資産負債の増減の面からも検討するよう指示した。内田係官は、右預金関係等の調査の結果をメモ(乙第四号証)にまとめたが、そのメモによると、原告の預金等の増加額は、昭和六三年分が一三〇万二八五四円、平成元年分が三一五万五二五七円、平成二年分が二六〇万四三三五円であり、それらに各年分の原告の自宅マンションの家賃、生活費等の支出額を加算すると、その金額は、昭和六三年分が四九九万一三九九円、平成元年分が六一三万〇四六二円、平成二年分が六二六万〇四二三円となる旨記載されている。

(六) 後東統括官は、平成三年一二月三日から平成四年三月九日までの間七回にわたって、原告の来署を求め、その間、原告に対し、原告の提示した現金出納帳には生活費等の出金がないことやボトルの本数などについて指摘し、原告の帳簿書類等によっては所得金額を実額で算定することができず、資産負債の増減に基づいて所得金額を推計する旨を説明したが、これに対し、原告は、スナックの帳簿には家計簿のように生活費についての記帳はしていないし、ボトルは客にサービスで提供することもあり、仕入本数と売上本数が一致することはあり得ず、また、株の売買や貸付金の回収などもあり生活費から所得を計算することはできないとして、帳簿に基づいて所得金額を計算するよう求めた。

右のようなやりとりがあった後、後東統括官は、原告の七回目の来署(平成四年三月九日)の際、原告に対し、資産負債の増減に基づいて修正申告するよう慫慂したが、原告が応じなかったため、結局、被告は、平成四年三月一三日付けで、原告の昭和六三年分、平成元年分及び平成二年分の所得税について、内田係官の作成した前記メモ記載の預金等の増加額に生活費等の金額を加えた金額を所得金額(昭和六三年分は約四九九万円、平成元年分は約六一三万円、平成二年分は六二六万〇四二三円)として、原告に対し各更正をした。

2  本件調査の適否について

原告は、内田係官は帳簿書類を十分調査せずに、原告の説明にも耳を傾けることなく、安易に反面調査をして修正申告を強要したもので、本件調査は社会的相当性を欠く違法なものであったと主張するが、前記認定したところからすれば、内田係官は原告の提示した帳簿書類等を検討した上で、現金出納帳の記帳などに問題があると考え、原告の資産の増減状況及び生活費等について検討することとしたものであって、その過程に特段社会的相当性を欠くような事情は窺われないし、原告に対する修正申告の慫慂が強要にわたるものであったとも認められず、原告の右主張は理由がない。

二  本件推計の必要性について

1  推計課税は、課税庁において、納税者の所得金額を実額によって把握することが不可能又は著しく困難である場合に限って許されるものであるから、納税者が実所得の算定の基礎となる帳簿等の資料を提出している場合には、帳簿に誤記などの不備があったとしても、それがごく些細な部分に限られており、単にたまたまその部分に限って正確性を欠いていたにすぎないとみることができるときは、その不正確な部分を他の資料等で補うことによって実所得の計算が可能であるということができるのであって、この場合に、不備があるとの一事をもって帳簿等の資料を無視し、安易に推計課税の方法によるべきではないというべきである。しかしながら、その誤記等がかなりの部分にみられる場合はもとより、それ程多くの部分にあるわけではないとしても、例えば、その帳簿等の記載の方法が、常時数日分をまとめて記帳するとか、記帳の正確性を検証する手段が講じられておらず、その正確性を担保し得ないような方法で記帳されているというように、その誤記等を単発的な過誤とみることができず、それがあることにより帳簿全体の正確性や信憑性に合理的な疑問を生じさせることとなる場合には、もはやそのような帳簿等に基づいて所得の実額を計算することはできないというべきであり、推計課税の方法によることもやむを得ないといわなければならない。

2  これを本件について検討するに、前掲甲第三三号証、成立に争いのない甲第三九号証、原告本人尋問の結果(第二回)により成立の真正を認める甲第一、第二号証、第四号証、原告本人尋問の結果(第二回)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次のような事実を認めることができる。

(一) 原告の売上金額に関する帳簿の作成方法は、まず顧客が来店した際に売上伝票に顧客名等を記載し、その顧客が帰るときに、売上の計算を行って右伝票に金額を記載し(ただし、顧客が金額を知らせなくてよいという場合は、顧客が帰ってから、その日のうちに売上の計算を行う。)、その日の営業が終わると、その日の売上伝票をホチキスで止め、自宅に持ち帰り、その翌日あるいは遅くとも一週間以内に、持ち帰った売上伝票に基づいて売上帳、売掛帳、現金出納帳に転記するというものであるが、原告は、店から持ち帰った現金を含めて手持の現金残高を確認することはなく、現金残高と現金出納帳の残高との照合をするということもなかった。

(二) 売上の入金には、現金、つけ、カードの方法があり、売上帳には、売上伝票に基づいて、売上金額欄につけ売上の分を、受入金額欄に現金売上及びカード売上分を記載していたが、売上伝票の金額を転記する際に金額を誤って転記したものが一〇数件(甲第三三号証の六頁以下参照)、売上伝票の転記漏れが判明しているものが五件(甲第三三号証の一一頁、一三頁参照)、売上伝票がなく売上計上漏れの判明しているものが七件(甲第三九号証の三一頁以下参照)あるほか、顧客名、人数及び売上金額がいったん記載された後全部抹消されているものが二件(甲第一号証の一八頁、二二頁参照)あり、その理由はつまびらかにされていない。

(三) 現金出納帳は、日々の現金売上等を収入金額欄、事業用の支出(五月、一一月、一二月には生活費の出金も記載されている。)を支払金額欄に記載したもので、差引残高欄の記載のみ鉛筆書きとなっているが、その残高欄をみると、数カ所にわたってマイナスとなっており、現金の入出金を記帳したものであれば、現金の残高がマイナスになることは考えられず、右出納帳によって現金の管理が行われていたとするには疑問がある。しかも、カード売上のため当日現金の収入がないのに、誤ってカード売上分を含めて収入金額に計上しているものが数件ある(甲第三三号証の二〇頁以下参照)ほか、現金売上の記帳漏れや、つけを現金で回収した場合で計上されていないものなどもあり、専ら事業用のための記帳であるとしても、右出納帳が現金の現実の収入支出を正確に反映しているものといえないことは明らかである。

(四) 原告が調査過程において作成したという甲第四号証の売掛帳は、売上帳の金額と一致せず、不正確なものであるし(甲第三三号証の二五頁以下参照)、また、得意先別売掛帳に計上されながら、売上帳には計上されていないものもあり、売上帳と売掛帳との間に一貫性がない。

また、原告自身、売上伝票のつけ忘れや紛失があることを自認しているところ、前記(二)のとおり、売上伝票がなく売上帳に計上されていないもののあることが判明しているが、それらはいずれも売掛帳に記載があったことから判明したものであり、現金売上についても売上伝票の作成漏れがないとはいえず、原告が提出した売上伝票も売上の金額を把握するための資料としては必ずしも十分とはいえない。

3  右認定したとおり、原告が提出した売上帳、現金出納帳は、その記帳内容に誤記、脱漏などの不備があり、しかも、売上があるのに売上伝票がないものもあることが判明しているのであるが、原告は、すべて売上伝票に基づいて売上帳等の記帳をするという方法を用いておりながら、日々の現金残高の確認を行っていないため、たとえ売上伝票をつけ忘れた現金売上があったとしても、記帳の段階でこれを確認するすべがないのであるから、既に判明している記帳の不備のほかに売上の計上漏れのあることも十分考えられるのであって、それらの売上帳、現金出納帳の正確性には疑問があり、それら帳簿の記載から、係争年分の売上の実額を的確に把握することはできず、さりとて、提出された売上伝票に基づいてその売上のすべてを計算することもできないといわざるを得ない。しかも、係争年分は、原告が営業を始めてから既に四年目に当たるが(なお、前掲乙第四号証及び弁論の全趣旨によれば、平成二年当時、原告はマンションの家賃として年間約一七八万円を負担していた。)、前記認定のとおり、原告に対しては、本件更正と同時に、資産増減法により所得金額を推計してされた昭和六三年分、平成元年分の更正がされているところ、前掲甲第三三号証によれば、原告は、右両年分の更正について、売上伝票を捨ててしまったこともあり、実額立証ができないと判断して取消訴訟を提起しなかったというのであり、その推計の基礎となった預金等の増加それ自体については不服がなかったものと窺われ、そうだとすると、本件更正の基礎となった内田係官のメモにある預金等の増加額もこれを裏付ける客観的資料は提出されていないものの、調査に基づいた概ね正確な数字であると推認することができるのであって、そうすると、係争年分における原告の資産の増加状況に照らし、原告が提出した帳簿等によって計算した所得金額は、著しく低すぎるということができ、このことは、それらの帳簿の記載の正確性ないし信憑性に疑問を抱かせるのに十分な理由となるというとができる

4  原告は、売上伝票と売上帳簿との記載金額の齟齬が多少存在するのは通常のことであって、そのような齟齬をとらえて帳簿等全体を信用できないとするのは不当である旨主張するが、既に検討したとおり、原告は、日々の現金残高を確認していないというのであり、売上伝票の作成漏れの有無を検証するすべのないまま帳簿の記帳が行われているのであるから、そのような状況の下で、前記のような記帳漏れなどの不備があることからすれば、それ以外に計上漏れがないと断ずる根拠はどこにもないのであって、帳簿全体の正確性ないし信憑力に疑問が生ずることは否定し難く、それらの帳簿等によっては的確に売上を把握できないことになるのはやむを得ないところであり、原告の右主張は失当である。

5 以上のとおりであって、被告が本件更正を行うにあたっては、原告の係争年分の事業所得の金額につき推計の必要性があったというべきである。

三  本件推計の合理性について

1  平均酒類仕入率及び平均所得率

証人龍野俊三の証言により成立の真正を認める乙第一ないし第三号証、証人龍野俊三の証言並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 東京国税局長は、原告の酒類の仕入先である有限会社槇島商店に対する照会の結果、原告の係争年分の酒類の仕入金額が二二三万七〇一七円であると把握した上、被告に対し、平成五年一〇月一九日付けで「税務訴訟に関する資料の作成及び報告」と題する通達を発し、係争年分につき、次の(1)ないし(6)の条件すべてに該当する者の全員を比準同業者として抽出し、係争年分の①売上金額、②酒類の仕入金額、③酒類仕入率、④所得金額(青色申告者に認められている特典を計算しないところの金額で、対象者のうち青色事業専従者給与の支払がある者にあっては、当該専従者給与の額を控除した後のもので、減価償却費については、定率法によって計算されている場合には、定額法により計算し直して算出されたもの)、⑤所得率を報告するよう求めた。

(1) スナックを営む事業所得者

(2) 所得税の申告を青色申告によっている者のうち、事業所を東京都台東区上野二丁目一番ないし一二番又は東京都文京区湯島三丁目四一番ないし四六番に有する者

(3) 係争年分の酒類仕入金額が一一一万八五〇九円以上四四七万四〇三四円以下(原告のそれの二分の一以上二倍以下)の範囲内である者

(4) 店舗を賃借している者

(5) 年を通じてスナックを営業している者

(6) 次のいずれにも該当しない者

ア 災害等により経営状態が異常であると認められる者

イ 課税処分を受けて不服申立期間が経過していない者あるいは課税処分に対する不服申立手続又は訴訟手続が係属中の者

(二) 東京上野税務署職員の龍野俊三は、まず同税務署に申告している個人事業者名を業種ごとに記載した平成二年分業種別名簿に基づき、「バー・スタンドバー・スタンド軽飲食」の業種に属する青色申告者を抽出した上、右通達所定の事業所所在地の条件に適合する者約五〇名を抽出し、それらの者に対して、店のタイプ(スナック・バー・キャバレー・その他)の別、店舗の賃借の有無、平成二年分の酒類の仕入金額を照会する文書を送付し、その回答のあった者のうち店のタイプをスナックと回答した者について、さらに青色申告決算書等に基づき、右通達所定の条件に適合するかどうかを確認した結果、最終的に九名の比準同業者が抽出された。

(三) 右抽出された比準同業者各人の係争年分の①売上金額、②酒類の仕入金額、③酒類仕入率、④所得金額、⑤所得率は、別表1のとおりであり、係争年分の平均酒類仕入率(売上金額に対する酒類の仕入金額の割合の平均値)は7.03パーセント、平均所得率(売上金額に占める特前所得金額の割合の平均値)は21.00パーセントであった。

(四) なお、後記認定のとおり、原告の係争年分の酒類仕入金額は二二六万四二一七円であるから、原告の酒類の仕入金額の二分の一以上二倍以下として設定された比準同業者抽出の前記条件に若干の変動を来すこととなるが、右認定に係る原告の係争年分の酒類仕入金額を基準として、その二分の一以上二倍以下の金額を算出すると、一一三万二一〇八円以上四五二万八四三四円以下であり、被告が本件推計の比準同業者として抽出した九名の者は、いずれも右金額の範囲内にあるのであって、右の程度の変動は、抽出される比準同業者の範囲に有意的な変動を及ぼすものとはいえないから、前記平均酒類仕入率及び平均所得率は、原告の係争年分の売上金額、所得金額を推計するための数値として妥当性を有しているということができる。

2  原告の酒類の仕入金額

前掲乙第一号証、原告本人尋問の結果により成立の真正を認める甲第七号証の一三ないし一六、原告本人尋問の結果によれば、原告の係争年分の酒類仕入金額は、有限会社槇島商店からの仕入分二二三万七〇一七円及びその他からの仕入分一万九二〇〇円の合計二二六万四二一七円であると認められる。

3  そうすると、原告の酒類仕入金額が被告主張の二二三万七〇一七円(有限会社槇島商店からの仕入分)を下回るものでないことは明らかであるから、係争年分における原告の売上金額は、少なくとも右二二三万七〇一七円を平均酒類仕入率7.03パーセントで除して推計される三一八二万一〇一〇円を下らないというべきであり、その事業所得の金額は、右売上金額に平均所得率二一パーセントを乗じて推計される六六八万二四一二円となる。

4  ところで、前記通達による比準同業者の抽出基準は、その業種・業態の同一性、事業所の所在地の近接性、事業規模の近似性等の点において、原告と類似する事業形態の同業者を抽出するための基準として合理性を有するものであり、その抽出過程においても恣意の介在する余地がなく、また、抽出された者はいずれも青色申告者で資料の正確性も担保されていることなどからすれば、本件において、原告の酒類の仕入金額を基礎として、平均酒類仕入金額及び平均所得率を用いて原告の係争年分の所得金額を推計することには十分な合理性があるということができる。

5  これに対し、原告は、本件推計が合理性を欠く旨主張するので、以下順次検討することとする。

(一) まず、原告は、係争年分の売上金額や必要経費を算定するのに十分な資料が存在していたのであるから、これを全く度外視してされた本件推計は不合理である旨主張する。しかし、帳簿書類等に基づいては、原告の所得金額を的確に算定できなかったことはすでに判示したとおりであって、原告の右主張は理由がない。

(二) 次に、原告は、店舗によって酒の原価率は異なるので、酒類の仕入金額から売上金額を推計することは不合理である旨主張する。

しかし、原告のように女性従業員を使用し、主として酒類を客に提供することを営業内容とするスナックにおいて、別表1の比準同業者の例にみられるとおり、概ね、売上金額の多い業者は酒類の仕入金額が多く、売上金額の少ない業者は酒類の仕入金額が少ないという関係にあるのであって、両者の間には相関関係があるということができ、酒類の仕入率による売上金額の推計という方法はスナックの事業所得の金額の推計の方法としてそれなりの合理性を有しているといえる。

したがって、酒類の仕入金額を基に売上金額を推計することには合理性があり、原告の右主張は採用できない。

(三) 原告は、スナックの収益は、営業状況に関する種々の要素によって変わってくるものであるから、売上金額に平均所得率を乗じて算出する本件推計の方法には合理性がない旨主張する。

しかし、業種・業態、事業規模の近似性、事業所の近接性といった基本的な要因において比準同業者の抽出が合理的であれば、比準同業者間に通常存在する程度の個別的な営業状況等の差異は、それが推計を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、その平均所得率等を算出する過程で捨象されるものというべきであるところ、本件において、原告の営業状況等が業者間に通常存在する程度の営業条件の差異の範囲を超えて、推計を不合理ならしめる程度の特殊性を有することを窺わせる事情は見当たらない。また、原告が主張する人件費、家賃、減価償却費、貸倒金といった経費も、通常の営業条件の差異の一つにすぎないものであり、平均所得率を算出する過程で捨象される性質のものということができる。

したがって、売上金額に対する平均所得率をもって所得金額を推計することには合理性があるというべきであって、原告の右主張も採用することができない。

(四) また、原告は、具体的な比準同業者の氏名やそれらの具体的な営業状況が明らかにされていないことを理由に推計の合理性がない旨主張するもののようであるが、前記認定のとおり、合理的な抽出基準に従って、実在する九名の比準同業者が抽出されたことは明らかであり、その氏名や具体的な営業状況が明らかにされないからといって、そのことを理由に同業者比率を用いた推計の方法が合理性を欠くことになるということはできない。

(五) 原告は、通達の抽出基準として「文京区湯島三丁目四一番ないし四六番」に事業所を有する者も挙げられているのに、本件推計において抽出された比準同業者には、右の地域の業者が含まれていない点で不合理である旨主張する。しかし、通達は、被告に対しスナック業者の課税事績報告書の作成、報告を求めたものであって、比準同業者の抽出基準に挙げられた「文京区湯島三丁目四一番ないし四六番」に事業所を有する者というのも、被告管内の納税義務者で右地域に事業所を有する者を指す趣旨であることは明らかであり、たまたま条件に該当する者が存在せず、結果的に同地域から同業者が抽出されなかったからといって、本件における比準同業者の抽出が不合理であるということができないことはいうまでもなく、原告の右主張は失当である。

また、原告は、同業者抽出の前提となる業種の把握が不正確である旨主張するが、前記認定のとおり、本件においては、業種別名簿のうち「バー・スタンドバー・スタンド軽飲食」に分類されている納税義務者に対し、店のタイプを照会して、スナックと回答した者の中から比準同業者を抽出したのであって、業種ないし業態の把握が不正確であるということはできず、原告の右主張も理由がない。

四  原告の実額主張について

本件推計は、原告の係争年分における酒類仕入金額を基礎として平均酒類仕入率及び平均所得率を用いて原告の売上金額及び所得金額を推計するものであるから、右推計の結果を覆して、原告の事業所得の実額を把握することができるといえるためには、少なくともまずその売上金額を実額によって把握することが必要となることはいうまでもない。

ところが、本件においては、すでに検討したとおり、原告が売上金額を裏付ける資料として提出した売上帳、現金出納帳、売上伝票等によっては係争年分の売上金額の実額を正確に把握することができないのであり、したがって、その余の点(必要経費)について検討するまでもなく、係争年分の原告の事業所得の金額を実額によって計算することはできないというべきであり、原告の実額主張は採用することができない。

五  本件更正の適法性

以上のとおりであって、原告の係争年分の事業所得の金額は、前記三の3記載のとおり六六八万二四一二円であるから、原告の係争年分の総所得金額を六二六万〇四二三円とした本件更正には、原告の所得金額を過大に認定した違法はなく、本件更正に係る所得税額九二万二八〇〇円は、右総所得金額から所得控除額六〇万五八〇〇円(右所得控除額は弁論の全趣旨により認めることができる。)を控除して所定の税率を乗じて算出されたものということができる。

第三  本件決定の適法性について

本件更正が適法であることは前示のとおりであるから、本件更正を前提として、国税通則法六五条の規定により適法に算出された金額を過少申告加算税として賦課した本件決定は適法である。

第四  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤久夫 裁判官岸日出夫 裁判官德岡治)

別表1ないし7<省略>

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